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「あかねさす」という枕詞をバレエのパに置き換えしてみる

おはようございます。

昨日の即興中に少し挑戦してみたことについてお話しします。

即興(一般にはインプロ、インプロビゼーションとも言われる)で自分のフルスペックを稼動させ、その場に馴染む形で表現する機会をいただき、その中で次のようなことに挑戦してしました。

文法をバレエの技術で表す

※このブログでの記述はあくまでも私akariの個人的見解です。品詞分解及び解釈も我流なのでテストなどの参考にはしないように!!(笑) お遊びだと思って読んでくださいな。


昨日取り上げたのは、額田王が自分の元夫の兄弟であり恋人の中大兄皇子について詠んだ短歌で万葉集に集録されています。

あかねさす 紫野行き 標野行き
野守は見ずや 君が袖振る

中大兄皇子といえば645年の大化の改新でお馴染みですね。そして額田王のかつての結婚相手 大海人皇子中大兄皇子も弟です。

つまり、額田王は弟から兄に
乗り代えた
んですね。(怖い)

しかもこの短歌、その修羅場の時期に詠まれたものではなくて、時が経った後の宴席で詠まれているんです。

ということは、現代のシチュエーションに置き換えてみると、

(中大兄宅にてたこパ中)
友「てか昔 額ちゃん 中大兄の弟と結婚しとったよね?」
額「あー そんなこともあったねー。あん時はさ、中大兄が必死に私に手振ってくるの、知り合いに見られないか心配だったよー。マジうろちょろし過ぎだったからね、あの紫の草生えたとこ

ぐらいの感じでしょうか。

ここで今回のタイトル「あかねさす」について少し思い出してみましょう。
まず現代語訳を見てみます。

紫草の生えた料地(ここでは大海人皇子の料地ではないかと推測される)の野原を 行き来するあなた(中大兄皇子のこと)。この野原を守る番人は見ていないかしら、あなたが私に手を振って愛してると言ってくれているのを。
…⁈
あかねさしてない!!

そうなんです。あかねさしてないんです。
なぜなら「あかねさす」は枕詞だからです。「枕詞」を国語辞典で引いてみると次のように書いてあります。

まくら‐ことば【枕▽詞/枕言葉】
1 昔の歌文、特に和歌に用いられる修辞法の一。一定の語句に冠してこれを修飾し、または語調を整える言葉。普通は5音、まれに3音・4音などのものもある。「あしひきの」「たらちねの」「ひさかたの」など。冠辞。
2 前置きの言葉。
3 寝物語。枕物語。
(http://dictionary.goo.ne.jp/jn/207637/meaning/m0u/、2016/1/20最終アクセス)

つまり修辞法のひとつなので、意味はないんです。でも、短歌として美しくまとめるためには、「君」「紫」にかかる語として必要なのです。
(ちなみに修辞法とは、レトリックのこと。比喩とかが仲間で、言葉に重みをもたせたりする技法のこと。)

ということは、「あかねさす」がないと「紫」草の生えてる野原での一連の出来事が際立たない!

意味はないけど大事なもの

なのです。
そしてこれをバレエのパに置き換えます。
バレエやっていない人はきっと分からないと思うんですが、例えば

グラン・パ・ド・シャ(紫)を際立たせたい時、トンべ-パ・ド・ブレ-グリッサード をしませんか?

あれが「枕詞」です。

トンべなどには見せ場的役割はないけれどその後の見せ場をより見せ場として際立たせるには必要だということ。

体育で言ったら、高跳びの助走。

意味はないけどその後のためには大事なものなのです。
昨日の即興中に突然やってみたくなったので、伝わるかどうかチャレンジしてみましたのご報告でした。





まとめ
個人的に古語の文法 を抽象化じゃなくて身体表現の技法に置き換えてみたい。







あかねさす(枕詞)
紫野
行き(カ四・用)
標野
行き(カ四・用)
野守
は(係助)
見(マ上一・未)
ず(打消・助・終止)
や(疑問・係助)
が(格助)
振る(ラ四・体)